新しいことを覚える難しさ

  私は、これまで多くの人に、カウンセリングや感情のケアスキルをお伝してきました。

じつは平たく言うと、覚えの早い人とそうでない人がいるのです。

その違いはどこにあるのでしょう。

 

一言で言うと、大人の心の学習法を知っているか、知らないかの差だと思います。

「大人の心」を鍛えるということは、同時に大人の学習法を身に着けることでもあります。

大人の学習法は、「正しい答えがない」というところに特徴があります。

「ない」というのは正確ではなく、「正しい答えは人それぞれ」と言うべきでしょう。

また、いったんたどり着いた答えも、状況が変わると変化します。

ですから正しい答えがある学校教育で優秀だった人が、必ずしも生き方スキルの学びがスムーズなわけではないのです。

学校教育で優秀だった人の半分は、生き方スキルの習得に大変苦労します。一方で、生き方スキルの習得でも非常に優秀な方もいらっしゃいます。センスですね。

 

私は、学校教育はそこそこ(笑)でしたが、おそらく大人の学び方については、自衛隊でカウンセリング関連の仕事をする過程で、だいぶ鍛えられてきたと思います。私は、カウンセリングに関して全くの素人であったにもかかわらず、自分で「できる」ことが求められただけでなく、すぐに人に教えなければならない環境に置かれました。また、カウンセリングを教えてくれる師匠的な人が近くにいたわけでもないのです。ですから学びは試行錯誤。一方で、実体験の場は豊富でした。

現実から学び、学んだことを体系づくり、さらにそれを教えていく過程で、「大人の学習法」を身に着けた、いえ、身につけざるを得なかったのです。一方で、カウンセリングや自衛隊の実技や戦術を人を教える中で、成長の早い人の特徴を見つけることもできました。逆に言うと、大人の学習法を身に着けるコツともいえます。

それらをこれから数回に分けてご紹介したいと思います。

お楽しみに。 


成長の遅い人:すぐに成果が出ないとあきらめてしまう

今秋から、新しいことを覚える難しさを「大人の心の学習法」と題して、2週間に一度のペースで10回ほどアップします。最初のテーマは、大人の学習法を身につけにくい人の特徴。

大人の学習法を身に着けにくい人は、「すぐに成果が出ない努力」を続けることができない、違う言い方をすると、成果が出ないとすぐに止めてしまう人が多いようです。

生き方スキルには、一つの正解はない。状況に応じて様々なパターンを経験し、今の状況に適応できそうなものを当てはめ、さらにそれを微修正していくことが必要です。一応の最適解に至るまでに、かなりの時間がかかるのが普通なのです。しかも、最適解にたどり着いても、自分の感性や体調が変われば、また変化させなければならない。

現実には、努力をしてもがすぐに成果に現れないということです。むしろ、努力しても成果が一時的に落ちてしまうことがよくあります。スポーツなどで新しいスキルを身に着けるときによく見られる現象ですね。

一方で、学校の勉強のできる出来ないは、覚えているかそうでないかで、デジタルに決まることが多い。覚えている、知っていることなら、完璧な答えが出せますが、そうでなければ答えは出ない。努力が成果に直結するタイプの学習です。

その学習体験に慣れてしまうと、努力しても成果を感じられない課題には、じっくりと取り組むことができなくなるのです。

大人の心のトレーニングをしていても、あと少し頑張れば、何らかの変化を自覚できるのに…というところで、止めてしまう方がいるのです。そんな方の多くが学校や社会では優秀な方だけに、余計にもったいなく思います。

自己啓発本などを読んで「よし、これをやって人生を変えよう」と思っても、なかなか続けられない。ダイエット情報を見るたび、始めはするのだが、継続できない。そんな悩みを持つ人は、「この努力、意味がないな…」と感じた時点が大切。そこで「あと一歩続けてみる」ことを意識してみましょう。思わぬ成果を感じられることがありますよ。


成長の前には、出来ない自分を感じる段階がある

  前回は、成果を感じられないとすぐに努力を止めてしまう傾向について解説しました。

 成果が出ないとすぐに止めてしまうのは、単にトレーニングのつらさやその単純作業の繰り返しを辛抱できないからだけではありません。

 成果の出ない自分を感じたくないのです。

 すぐに成果の出ない自分は、「ダメな自分」と感じている傾向があります。

 これも、若いころ勉強だけを行い、スポーツとか音楽などの継続的な努力が必要な経験を積んでいない人に多いのですが、すぐに成長しない自分がいると、極端に自信がなくなるのです。だからその課題を避けるようになる。

 本当に自信がある人とは、自分の潜在能力を信じていますから、たとえ今すぐに答えが出なくても、ある程度努力を継続していれば、何らかの成長を感じることができる、と思っています。

 そんな人は、生き方スキルの習得訓練においても、試行錯誤とパターン練習の「回数」をこなすことができるので、大人の心の強さを身に着けていけるのです。


生き方スキルの習得には試行錯誤(練習回数)が必要

 生き方スキルには、これをやれば「どんな場面でも、だれがやっても正解」というような真実や原則のようなものはなく、個人によって最適なものが変わるのです。ちょうど、好みの音楽や好みの味があるのようなもの。自分に最適なものを見つけるまで、どうしても試行錯誤が必要になります。しかもそれもTPOによっても変わるのです。

それがふつうなのですが、どうしても「正しいやり方」があり、自分はそれを知らないから苦しんでいると考えがちです。そうするといつまでも正しい方法を探し続け、何かを見つけるけれど、それがうまくいかない時、できない自分を責め、すぐにあきらめ、また新しい魔法のツールを求めるというサイクルに陥ってしまいます。

生き方スキルというとイメージしにくいと思いますが、例えばストレス解消法も生き方スキルの一つです。

ある人にとっては、有効なストレス解消法、例えばジョギングも、他の人にとっては苦痛かもしれません。また、ジョギングが好きな人でも、それができない環境では、他の手段で自分のストレス解消を図らなければなりません。

色んな状況に応じてより適応的な対応ができるためには、いくつかのストレス解消法を試して、自分にとってどれが好ましく、どんな効果があり、どんな制約事項(マイナス面)があるかを知っておく必要がります。最初はうまくいかなくても、やっているうちにそのストレス解消法の楽しさを見出すことがあるでしょう。また、その逆もあり得ます。このように自分に合うものを見つけていく過程には、どうしても経験が必要になります。経験とはつまり、実体験か練習の数のことです。

感情のケアの習得も同じです。これをやれば全員にうまくいくという魔法のような方法はありません。講座ではこれまでの私の経験で比較的多くの人に受け入れられている手法を紹介していまずが、それ等を自分で試してみて、自分なりにアレンジしたり、取捨選択しなければならないのです。

例えば怒りのケアの場合、イライラするたびにいろんなことを練習してみます。そのためには、事前に次はこれを試してみようという計画が必要になるのです。そして、それがどれぐらいうまくいったかという評価も欠かせません。

 

この回数をこなすことが、大人の学習法を身に着ける一番のコツだと言えるでしょう。そしてその試行錯誤をサポートしてくれるのが、「サイコーの評価法」なのです。


読んだだけでやってみない人は成長が遅い!

ある講演で、メッセージコントロールというカウンセリング技法を紹介しました。この講演ではいつもそうなのですが、参加者が「本当に目からウロコでした」と大変満足してくださいます。

ちなみに、メッセージコントロールの基礎は、オンライン講座でも学べます。

Udemy3分でコミュニケーションが劇的に変わるメッセージコントロール講座」、メンタルレスキュー協会HPのトップページにリンクがあります)

その時も、講演が終わってから、感激した数名の受講生が「ありがとうございました」とわざわざお礼を言いに来てくださいました。

そのうちの一人が「先生、とても感動しました。実は先生、私はこの本を読んでいたのです」と私の「目からウロコのカウンセリング革命(日本評論社)」と「相談しがいのある人になる(講談社)」を見せるのです。そして、続けてこうおっしゃいました。

「先生の講座に参加して、すごくよく理解できたのですが、でもご本を読んだだけではピンときませんでした。もう少し文章表現を工夫してくださるか、図を入れるか、漫画なんかで説明したほうが良いと思います」

私は、「ありがとうございます。参考にします」とお答えしましたが、少し複雑な思いでした。

というのも、通常講演でお話しできる内容より、本の方が細かいところまでしっかりと書いてあります。しかも、講談社の本の方は編集者の努力のおかげで、かなり多くの図や表などを入れてあるのです。

つまり、情報の発信側としては、出来るだけのことはした…という思いがあったのです。

帰りの電車の中で、そのことを考えていました。あの方が本を読んだ時と、講演では何が違ったのだろう。

いろいろ考えて、行き着いた答えは、「講演では実習をしてもらっている」ことが大きかったのではないか、ということです。

人は、文字を読み、話を聞き、イメージを作ります。でも、たいがいそこで終わり。ところが実際に行動に起こしてみると、またかなり違った実感を伴うものです。その実感が、学習を進めます。

真面目な方ほど、たくさん本を読みます。勉強をしているという実感を得やすいのでしょう。しかし、スキルそのものに対する成長の実感は十分ではない。

もし勉強家のあなたが、その努力に応じて実力が向上していないとすれば、あなたに足りないのは、「行動して、感じてみる」ことです。

 

学んだら試す。これが大人の学習法の一つのルールです。


スポーツをやっている人は、大人の学習法の習得が早い?

私がカウンセリングや感情のケアプログラムを教えるとき、よく「学生時代にスポーツか音楽をやっていましたか」と聞くことがあります。

私には、それらの経験がある人の方が、生き方スキルの習得が早いという印象があるのです。

おそらく勉強よりスポーツの学習の方が、複雑な要素を含み、成長も直線的ではなく、波を描いて上達するからでしょう。一時的に成績が落ちたり、スランプになっても、ある程度継続して練習を続けていると、次第に実力が向上していく。そういう経験を積んでいるかいないかは、社会に出てからの様々なスキルの習得に大きな差をもたらします。

ただ興味深いことに、スポーツや音楽で優秀な成績を上げた人の中には、逆に生き方スキルの習得に難しさを感じる人も多いのです。

というのも、スポーツや音楽を訓練する過程で、「頑張れば必ず報われる、結果が出ないのは頑張りが足りないからだ」というルールを覚えすぎている場合があるのです。

また、栄光がありすぎると、ある課題で人より出来ない自分に対して、一般の人より大きな挫折を感じてしまう、という側面もあります。

そんな人が何らかのきっかけでうつになると、努力にしがみつき、普通の人以下になった自分に自信を失い、うつからの脱出、つまり新しい生き方スキルの習得に、普通の人より時間がかかることがあるのです。「頑張る」やり方に固執し、「できるはずの自分」に固執してしまう。

こうやって考えてみると、大人の学習法を習得しやすいのは、スポーツや音楽をやったが、それほど一流ではなく、いろんな苦労をした人…なのかもしれませんね。


ラーニングピラミッド

 

  ラーニングピラミッドという研究があります。

情報の発信者が、100の知識を発信した時、それが本という形なら、受け取り手(この場合読者)が受け取る平均値は、どれぐらいだと思いますか。

なんと10/100、つまり10%程度だそうです。驚きですね。

もちろん平均なので、「私は本からもっと学んでいる!」という方は多いと思いますが、ツールごとの比較としては、本というツールは伝達力がそれほど高くないという結果です。30冊以上執筆している身としては、結構へこむ数字です。

では、講義はどうでしょう。講義は講師の実力や受講生の意欲などが関連し、個別の差が大きいとは思いますが、平均を取ると、なんと読書より少ない5%なのです。大学の講義を思い返すと、「そうかもしれない…」と納得してしまったり(笑い)。

では、伝達力の高いツールは何かというと、視聴覚教材、演習(机上のシミュレーション)と伝達度が上がり、グループ討議をすると、半分ぐらいの知識が伝わります。そしてやはり知識だけでなく、それを実行してみる「実習」が加わると、75%まで跳ね上がります。

前回もお伝えしましたが、本やインターネット、このブログもそうですが、ただ知識として頭に入れただけでは、本当の知恵にはなっていかないことが多いのです。知識を行動に移し、試行錯誤を繰り返しながら、自分の血となり肉とする。この行動力と勇気が大人の心の成長には、欠かせない要素になります。

ちなみに、一番高い伝達力を示したのが、「教える」という行為。学んだことを教えようとすると、必死で自分のものにしようとします。実習もすることが多いでしょう。インプット(単なる理解)からアウトプット(説明し、デモし、質問を受けられる)までは、かなりの実力差があります。

私が理事長をしているNPOメンタルレスキュー協会のカウンセリングトレーニングでは、理論学習→ロールプレイ(実習)、ロールプレイの試験(アプトプット)→教える体験→教える試験と、ラーニングピラミッドの効率のいいツールでカウンセラーを育成しています。そのせいか、皆さん本当に早く実力をつけていってくださいます。それが、育成者の喜びにもつながっています。

 

感情のケアプログラムも、常に実習が主体。時には、つらい感情体験もしますが、実習なくしては、大人の心を習得できません。頑張っていきましょう(^^)/


その自信のなさは、子どもの心が強すぎるからかも…

 本HPや感情のケアプログラムが目指す「大人の心の強さ」とは、柔軟性のある心の強さです。

 一方、「子供の心の強さ」は一見まさに「心が強い」と感じます。というのも「忍耐強さ」がその主体となっているから。

 忍耐は確かに必要ですが、そこに重きを置きすぎると、状況の変化に応じられず、実社会で苦しむ原因となりやすいのです。「大人の心の鍛え方」参照

 子どもの心は、多くの人が小さいころから指導され、学校でも鍛えられてきたものです。社会でも重要な要素なので、いわゆる優秀な人は、ある程度の子供の心の強さを身に着けている。

 ところが、子供の心が強すぎる人は、大人の心を身につけにくい傾向があります。大人の心の柔軟性を、「逃げ」とか「あきらめ」「怠惰」「弱さ」としてしか、解釈できないからです。思考の柔軟性が少なくなっていのです。

 子どもの心の、もう一つの弱点は、根底の自信が育ちにくいということ。

 子供時代は、正しいことは「親と先生と教科書」の中にありました。おなかがすいたとか、勉強したくない、今は算数ではなく理科を勉強したい、などという自然な欲求は、ダメなものとされ、それ等を上手に否定できた人が、良い子だったのです。

 自信とは、自分を信じると書きます。自分の感性を否定して育ってきているのですから、自信が育ちにくいのも当然ですね。

 

 欧米人に比べても、日本人の自信のなさは顕著です。2011年、日米中の高校生3400人を対象に行われた調査によると、「自分は他人に劣らず価値のある人間である」と感じる割合が、アメリカ89%、中国95%であるのに対して、日本はわずか38%。

「自分には誇りに思えるようなことがない」と答えた割合は、アメリカ24%、中国23%であるのに対して、日本は53%だったのです。

 もちろん、日本は自分の存在を強調する文化ではない。それを差し引いても、少し自信なさすぎですよね。

 ほんとうは子供たちにこそ、感情のケアプログラムが必要なのかもしれません。


守破離バランス

 お菓子作りの料理教室に通っている知人から面白い話を聞きました。

 生徒さんは、女性がほとんど。男性が数名。

 教室の先生が言うには、男性の方がお菓子作りが上手になりやすいそうです。

 どうしてでしょう。一般的に女性の方が料理には慣れているはずです。

 女性は、レシピを理解して、いざ作るときになると、「こうすればもっとおいしいの」とか「私はここで隠し味…」などと、アレンジをし始めるそうです。

 一方男性は、生真面目。材料の1グラムの差が気になる。レンジの時間も正確、手順も決められた通り。

 実はお菓子作りは、材料のほんのちょっとの差で、出来栄えががらりと変わるものらしいのです。そこで、最初のうちは慣れている女性の方が、早くおいしくできるのに、しばらくすると男性の生徒の方が、いろんなお菓子をきっちり作れるようになる…。そういうことらしいのです。

 

 昔から、技術を身に着ける成長する段階として、守破離の3段階があげられます。お茶やお花、武道などの稽古の時に言われるので、耳にしたことがある人もいると思います。

 私は、「感ケア」プログラムの習得に関しても、守破離の段階を意識することが、成長の近道であると感じています。

 守破離を知らない人に、まずは簡単に説明しましょう。

 守とは、先生から教えられたことを、しっかり守り、それができるようになる段階。

 破とは、守で覚えたスキルを、様々な状況に応じてアレンジしていく段階。いわゆる「応用」の段階。

 離とは、これまでのいろんな教えや注意事項を「意識せず」、自分の感性でのびやかに行動できる段階。

 

 こんな感じで成長するというのは、なんとなくわかるとは思うのですが、私が重要だと感じるのは、「この3段階の移行が上手にできること」です。

 先のお菓子作りの話で言えば、女性は「守」から「破」の段階に移行するのが早すぎた。その分野にある程度の経験がある人が陥りやすい。

 逆に、男性は、しっかり「守」を守って基礎を固めた。だから、初級レベルでは、慣れている女性の方が上手でも、中級レベルに達するのは男性の方が早い、ということが起こるのです。

 守破離の3段階を意識して、「今、何を」トレーニングするかを考えることが、成長の速度と可能性に大きな影響を与えます。

 次回からは、「守」「破」「離」ごとに、その段階で意識するべきヒントを紹介していきます。


「守」の習得が早い人、遅い人

 数日の感情ケアプログラムで、グンと成長を感じる人と、なかなか効果を感じにくい人がいます。新しい知識を学ぶ時の最初のステージ、「守」のスキルの習得が早いかどうかですが、何が違うのでしょう。

 端的に言えば、「素直」かどうか。

 素直な人は、とりあえず講師の言うことを、そのまま試してみようという姿勢があります。なので、受け入れも早い。

 素直になれない人には3つのパターンがあると思います。

 一つ目は、知的な人。

素直な人は、反面、だまされやすい人であるとも言えるでしょう。

 多くの知的な人は、与えられた情報に対して、「本当か?」「騙されていないか?」「論理的か?」「矛盾はないか?」と考えてしまいます。すると、どうしても警戒しながらトレーニングすることになり、習得が遅くなる。

 もう一つは、これまでやったことがない、という違和感で、受け入れられない人。知識からのブレーキではなく、感性からのブレーキが強いのです。

 3つ目は、これまでやってきたこととの違いが大きいとき。

 努力してあるスキルを身に着け、今それを信念として生きている。その経験と異なる情報に接した時、本能が「これまで費やした時間とエネルギーを否定する」情報に対し、反発してしまうのです。若いと、これが少ないが、年齢を重ねるに従い、大きくなります。 

 感ケアやカウンセリングスキルをお伝えしていて、少し残念に思うのは、1、2、3が重なる人がかなり多いこと。

 知的な興味があるので講座に参加している。でも、新しいことに驚き、引いてしまう。さらに、これまで勉強してきたことと違うので、戸惑う…。知的なのですが、感性や本能の部分で、ブレーキがかかっている。

 知的であり慎重であり、長く学習していることは、一般的には、長所になる素質・経験であるにもかかわらず、本当に良いものに接しても、なかなかそれを受け入れることができなくなっているのは、残念なことです。特に、大人になり、自分で学習することを選択できるようになるにつれて、この傾向が顕著になります。

 守の段階では、まずは、素直に受け入れてみましょう。

 私がおすすめしている「守」の態度は、まずは「騙された」つもりで、新しい知識を試してみる。どこかにその知識が伝えたい利点があるはず、それを見つけるつもりで、ある程度練習を続けてみる。3か月ぐらい、練習40回ぐらい、はそんなモードで取り組みます。私は、「いったんはかぶれてみる」という表現をしています。

 もちろんその中で、批判精神は残っていてもいいのですが、「守」の段階では、「7は信じる、3は疑う」ぐらいのバランスが適切です。

 でも…、簡単にだまされるのも嫌、というのも本音。

 

次回は、そんな方向けに、「守」についてもう少し深く考えてみましょう。


「守」の守りすぎ(守の知識を信じ過ぎるな!)

 守の段階では、素直なことが必要、と前回(10)のブログでお話ししました。

 しかし貴重な人生を「嘘のスキル」の習得のために、無駄にしてはいけない、というのも真実です。なんでも100%信じればいいというものではありません。

 日本人は基本的にとても素直です。いわゆる子供の心が強い。辛抱強く先生に言われたことをやろうとします。良いことです。

 でも、素直過ぎても、成長はある程度で止まってしまいがちなのです。

 前々回(9)のブログで紹介した料理教室の話。

 言われたことをきっちりやる男性の方が、中級レベルに至るのは結局早い場合が多い、と書きました。男性、女性と端的に表現したので、女性の方に不快な思いをさせたのではないかと反省しています。

 でも、そんな男性も、中級からの成長には、大きな壁があるのです。

 男性はきっちり「守」のスキルを習得する。でも男性は、守のスキルにこだわるあまり、「破」という応用が利かない傾向があるのです。守の知識はスキルは十分なので、人に教えるほど。でも、現場での実力はそれほど…、ということが起こります。

 パーティでケーキを出すとき、出席者が帰りの時間が迫っているなら、それなりの手順に変更するのが、大人です。ところが、アレンジの利かない人は、「良いものを出すか、出さないか」の2択になってしまう。これを「守の守りすぎ」、と呼んでいます。

 必死に守のトレーニングを積んでいるうちに、守がすべてであるように勘違いしてしまうのです。このように「守の守りすぎ」に陥る人は、そもそも「守」で教わる知識の「本質」を誤解しているのです。次回はそこを(^^)/


守の知識の本質を知る(基礎と初級の差)

 まず、守の知識がどのような性格のものであるかを知っておかなければなりません。

 守の知識とは、基本です。が基本と初級の差をみなさん考えたことがあるでしょうか。

 基本には、2つの意味があります。一つは、今後どんな応用技術を身に着けるにあたっても、決して崩してはいけないこと。例えば、ボールをよく見る。などどんなに上級になっても、そのポイントを忘れてはいけません。

 2つ目は、応用を身に着けるにあたって、鍛えておかなければならない基盤の体力やスキル。走力、論理的思考など。

 野球なら、キャッチボールとか、ランニングとか、バットの素振りなどですね。

これができていないと、早い球を投げるとか、右の方面に打つなどの応用は難しい。

どちらも、今後の成長を見込んで、早い段階から習得しておくべきスキルです。

 では、初級のスキルとは。

基礎のスキルだけでは、試合はできません。でも試合しないと、モチベーションも上がらない。そこで、それほど上級でない者同士で試合をすることが多い。その時の勝つためのコツが初級のスキルです。

 例えば、私が自衛隊でやっていた(やらされていた)銃剣道という武道があります。銃の形をした槍を使った剣道のようなもの。一応、国体競技です(^^)/

 陸上自衛官は、全員がこの銃剣道をやるのですが、もちろんみんな初心者。でも、すぐに大会があります。

 その時に、徹底的に教えられるのが、「初一本」というスキル。「はじめ!」という審判の号令がかかったら、タイミングとか間合いなど関係なく、とにかく、攻撃するというやり方。無謀なようですが、初級レベルでは、これが圧倒的に効果があるのです。だから、初心者は、まるで100メートルのスタート練習のように、「はじめ!」で、相手に飛び込む練習を繰り返します。

 ところが、相手が上級者になると、急に通じなくなります。簡単に第一撃をいなされ、ズドンと反撃の一打を食らいます。だから、初一本は、あくまでも初球のスキル。

 では、皆さんがこれまで人生の中で学んできたいろんなことは、基礎のスキルなのでしょうか。初級のスキルなのでしょうか。

 もし、初級のスキルを、基礎スキルと勘違いしていると、いつまでも「守」から抜け出せません。次回はそこを。


初級のスキルにとらわれすぎていないか

 

 前回もお話ししましたが、守には、基本のスキルと初級のスキルがあります。

 かつて私が中学で野球をやっていた時、厳しく言われたのが、ボールを取るときは、両手でとること。グローブをつけている左手だけでとると、監督から烈火のごとく怒られました。

 でも、実際プロ野球を見ていると、ほぼ片手だけで取っている。

「両手で取る」は、まだ子供で、運動機能の発達も練習量も十分でない人が気を付けるべきコツです。グローブで取り損ねても、逆の手でフォローするための初級のスキル。

 いろんな球技で言われる「ボールをよく見る」も、真実のようですが、実は初級のスキル。プロのテニスプレーヤーなどは、必ずしも最後までボールを見ていません。

 このように、初期のころに教わったスキルは、いつまでも守らなければならない「基本」と誤解される恐れがあります。

 しかも、はじめての人には、やや極端に教えることがあります。ミスをすると、すべて「ボールを見ていない」のせいになってしまう。実際の試合などでは、ボールだけでなく、相手の動きを見ることとも多いのですが、とにかく初めのうちは、ボールを見ることだけが何度も何度も強調されます。すると、だんだんそれが「本質」「真実」レベルのことだと勘違いするのです。

 

 あなたも、自分の感情について、「感情は抑えるべき」「不安を見つめるとどんどん不安になるので、嫌な想像は、何かで気を紛らわせて考えないほうが良い」「怒りは、表現すると自分に返ってくる。我慢して」「弱い自分を簡単に見せてはだめ」などのいろんな対処法を持っていると思います。一見真実のようですが、実は幼いころに教えられ、これまで疑ってこなかった初級のスキルかもしれません。

 

 基本スキルではないので、大人になった今は、かなりアレンジしなければならないのに、これまでのスキルにこだわっていませんか。感情のケアプログラムでは、初級のスキルではなく、基本から応用(破)までのスキルを順番に練習していきます。頑張り屋さんだけど、もろいという「子供の心」ではなく、柔軟にしぶとく生きる「大人の心」に必要なスキルを磨いていきましょう。


学ぶことの弊害
学ぶことは大切なことです。子供の心の強い人は、学ぶことも大好き。
でも、学ぶことにはリスクがある、と考えたことはありますか?
学ぶためには、人生の貴重な時間と費用とエネルギーを注がなければなりません。それがもし無駄な方向だったとしたら…
研究者は、どの先生につくかが一番大事だそうです。これからこの分野、この先生が伸びていくと判断して、その先生の下で研究する。研究は地道です。もし10年研究しても何の成果も出ず、先生も世の中から注目されなくなってしまったら…。研究者としての、貴重な時間とエネルギーが無駄になってしまうのです。なんか会社などで、どの派閥に所属するかで出世の運命が決まるのと似ていますね。
ちょっと極端でしたが、個人の学習でも何をどう学ぶかはとても重要な選択になります。
もし、前号で紹介した初級のスキルを「これが基礎、絶対に捨ててはならない物」と勘違いして、必死に先生の言うことだけを聞いていたとしたら…。当然、その人の「破」は遅れ、成長も止まってしまいます。
これが、学びすぎの弊害。
学べば学ぶほど、その分野の知識も深くなるし、人脈も多くなる。それにつれ新しい知識を受け入れにくくなります。知識を切り売りする大学等ならそれでもいいのですが、実践するための成長なら、むしろその初級の知識を学ばないほうが、早く成長することもありうるのです。
さて、あなたがこだわっているスキルは、初級、基礎、どっち?

守⇒破の進み方

守破離の成長過程で、特に守から破に移る段階について、数回にわたり解説してきました。

種の守りすぎは、教条主義になってしまいます。早すぎる破は、結局自己流で中程度の成長でとどまってしまいます。

では、理想的な守⇒破の進み方はどのようなものなのでしょう。

あるスキルを知ったら、まず素直にやってみる。必ずそのスキルの長所があるというスタンスで、現場で何度か確かめてみる。ただし、そのスキルを妄信しない。現場でうまくいかないところは、しっかり見据えておく。ある程度自分の感覚に自信を持てたら、そのスキルを離れて他のスキルを試してみる。この繰り返しが一番成長するのではないかと思っています。

ポイントは2つあります。

一つは、一つだけのスキル練習にこだわらないこと。

よく一つのスキルだけを極めたほうが技量が上がると思われがちですが、実験でも結構いろんなスキルを試してみたほうが、結局技量の向上につながるようです。スポーツ選手も、一つの競技だけでなくいろんな競技をやることの効果が注目されています。おそらくバランス感覚が磨かれていくのでしょう。

もう一つは、必ず現場で試しながらスキルを磨くことです。現場から離れたスキルは、ただ「教え、教えられる場」だけの飾り物のスキルになってしまいます。

山登りに例えてみましょう。

図の緑とオレンジがスキル上達の道だとします。剣術の北辰一刀流、示現流のようなものです。どちらのルートでも最終的に大きな山に登れます。

それぞれの入り口で、オレンジルートの一般方向⇒と、緑ルートの大きな方向レクチャーしてくれます。オレンジルートで頂上まで登った人は、素晴らしいですが、オレンジの視界しかありません。これが、それぞれの知識の守に当たる部分です。守を教えてくれる講師は、そこしか教える必要がないので、そればかりを信じてしまいます。教えることばかりで現場を忘れてしまうと、結局オレンジルートの直上の小さな山しか登れません。

早すぎる破の人は、灰色の進み方です。早い段階で自己流の山に登っていきます。せっかく緑やオレンジの先輩が築いたルートがあるのに、もったいないことです。

さて、本当に上手に山を登る人は、赤線のように進みます。まずは、入門として、緑ルートの説明を受け、緑ルートを登り始めます。しかし、緑ルートが物足りなくなったら、オレンジルートを試してみます。破です。それも物足りなくなったら、山の後ろの青ルート、そしてまた緑ルート…と、いろんなルートを試しながら、頂上に向かうのです。

重要なのは、それぞれのルートの解説を聞いても、必ず山という現場で試しながら進んでいくということ。

実は、一見全く違うルートでも、結局は同じ山に登っているということが多いのです。だって、人間の本質はそれほど変わらないからです。赤のルートを通った人は、頂上に着いたら、オレンジルートエキスパートの言っていることも、緑ルートの達人のいうことも全部理解できます。

そうなった時が、これまで、山登りに際していろいろ言われていたコツ(守破の知識)のすべてにこだわりを持たなくなる状態になります。それこそが「離」の領域です。 

 


感ケアの習得に適さないタイミング

感ケアは、古い習慣を書き換える作業でもあります。ところが人はいったん習得したスキルをなかなか捨てることができません。なぜでしょう。私はタイミングの問題があると感じています。

 

1つ目は、本当に困っていないとき。

有名な親鸞の言葉、「善人なおもて往生をとぐいわんや悪人をや」にあるように、人は困らない限り、変われない生き物なのです。

2つ目は、エネルギーが足りないとき。

変わるためにはかなりのエネルギーが必要です。エネルギーが低下していると変わることに抵抗します。

3つ目は、自信がないとき

自分のプライドを守るために、新しいスキルを必死で否定してしまいます。

 

これらから、うつ状態の時は感ケアの習得が難しいことがわかります。

うつ状態の時は、大変苦しいので、感ケアをやってみようというニーズが大きくなっています。しかし、自信やエネルギーが低下しているので、どうしても変化を受け入れたり、継続してトレーニングするのが難しいのです。

では、感ケアを最も習得しやすいのはいつか。うつのリハビリ期(スランプを抜けたとき)、あるいはそれから半年ぐらいの間だと思います。エネルギーと自信は回復している。一方でスランプのつらさも覚えているので、ニーズもあるからです。

感ケアを経験し「大変面白い、役に立つ」と感じたが、結局自分のものにできなかった…というあなた。タイミングが悪かっただけかもしれません。上の3つの視点で振り返ってみてください。